tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ。訪問駅のリストは、カテゴリ「事務連絡」の中の「駅名リストのリスト」から辿る事が出来ます。

篠ノ井線:聖高原駅 (ひじりこうげん)

(坂北) - 聖高原 - (冠着)                        (訪問日: 2022/10/14)

明科から峠を越えて坂北駅まで下ってきましたが、ここからは国道402に出て、麻績川上流に向かって聖高原駅に向かいます。途中気になったのは沿道の山際に並ぶ立ち枯れで、稜線に沿って枯木が並んでいます。樹形から見ると近年話題になっているナラ枯れではなく針葉樹のようですが結構な数です。30年ほど前の瀬戸内で見た松枯れに似た光景で、広葉樹と樹種交替している途中のように見えます。今回気づいたのはこの付近だけですが、今後少し気を付けて山を見ることにしよう。

聖高原駅には国道402から右折、少しの脇道を通って到着です。写真では分かりにくいですが、こんな小さな(といっては失礼だが)通りにも洒落た街灯が並んでます。長野、山梨はこういう山間の集落にも装飾街灯がついている事が多いような気がします。

聖高原駅は木造平屋瓦葺きの有人駅。駅前広場にはタクシープールとバス停。駐車場は駅前広場の左右にたくさんありますが契約車用らしい。駐輪場は駅前広場手前左手の脇道に約40台分(屋根付き)があります。駅舎左手には別棟のトイレを設置。

待合室には出札窓口がありますが営業は15:50分まで。自動券売機、タッチ式改札機は無いので、運賃は車内か到着駅で払うことになります。窓口には丁寧に入場券販売終了のお知らせもありましたので、坂北駅で「入場券は無いよ」と言われたのは、面倒だったわけじゃないんだと理解した次第。

待合室の奥にはもう一つ待合室。ここの座布団も有明駅のように、近在の人が作ってくれているのでしょうかね。

ホームは駅舎側が単式1面1線で1番線、長野方面行き。対向が島式1面2線で(たぶん)2,3番線で松本方面行き、単式ホームとは跨線橋で連絡しています。

下は跨線橋から見た長野方面。正面に見えるのはたぶん冠着山(姨捨山)でこうしてみると三角錐の山容が良く目立ちます。次のは松本方面の風景。

ホーム長は両方とも342歩、駅舎側が松本側に39歩ずれた千鳥配置ですが、どうも両方のホームが重なった部分しか整備していないようで、駅舎側ホームの端っこはこんな感じで草伸び放題です。

島式ホーム上には待合室と、変わった所では観音堂があります。

 

観音堂建立の趣意
信州には今から四百年ほど前より信濃三十三番観音札所めぐりの霊場があり、江戸時代中期よりこの霊場めぐりに観音信仰の人気が高まり、歴史探訪と相まって活況を呈し今日に至っている。
麻績村には三十三番札所の一番法善寺、二番宗善寺があるので、巡礼の旅はこの地より始まった。このほかに国の重要文化財薬師如来像をはじめ、かずかずの歴史的遺産にめぐまれている。このように歴史と信仰の里である、この村の玄関口・国鉄聖高原駅に厄除諸願成就の霊験あらかたな聖観世音菩薩像と観音堂を建立し、聖高原駅並びに麻績村のふるさとつくりへの活性化と発展を祈願するものである。尚、この観音堂麻績村民の寄付により竣工したものである。
 昭和六十二年三月吉日  麻績村観光協会
 観音像寄付者   長野鉄道管理局

ここに信濃三十三番めぐりの1番札所があるので観音堂なのだと分かりましたが、それはそれとして、今でも麻績村が借用している「駅名物」なんですね。(安曇追分駅の水吞台貸付標示票といい、長野の人は律義だなと思いますね)


ところでホームにあるトイレが閉鎖されているのは、委託になって人手を減らすため?

 

駅舎はこの10年で外観がかなり変わってますが(Wikipediaの写真を見ると)、建物財産票が昭和7年という事は外装のリフォームだけで建替えていないという事でしょうかね。それよりも、倉庫が明治33年というのは開業期から変わってないという事ですが、それにしては新しそうに見えましたけどね。

ホームの観光案内板によると「姨捨山遥拝の地」だそうで、観月の名勝地として古今集の時代から有名だったとの事。善光寺参りの旅人も最後の難所を控えて、姨捨山にかかる月で気も新たにしたのかと、少し想像してみる。*1 (残念ながら今回は日没で、善光寺までたどり着けませんでしたが)

 

 

おまけ:

駅前右手(西側)には詩碑が並ぶ公園のようになっていて明治神宮が建ってますが、由緒書は無く、鎮座の経緯は分からず。

 

*1:我が心なぐさめかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て 古今和歌集 詠み人知らず