tkmov(バイクとローカル線と)

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佐世保線:沿線-八阪神社

佐世保線:沿線-八阪神社                  (訪問日: 2025/04/19)

有田市街から少し有田川をさかのぼったところ、北側の高台に付近の鎮守の八阪神社があるので行ってみました。鳥居扁額は「八阪」ですが案内板とかは「八坂」なので、京都祇園の八坂神社と縁があるのでしょう。拝殿上欄の紋も同じ五瓜に唐花ですし。神紋の両側には龍とホラ貝の彫刻もあり近所の尊崇をうかがわせます。

由緒書きの掲示もご当地らしい立派な有田焼でした。これなら日焼け退色もないですね。

八坂神社由緒
一.祭神 武速素盛鳴命
一.傳承由来
當社は景行天皇の御宇豊国長狭縣に行宮を建て給ひし頃偶々針尾早岐廣田折尾瀬地方に土蜘蛛乱を起こしければ陪縦神代直をして之を征討せしめらる。
この時土蜘蛛の勢力盛なりしかば天地地祇を祀り戦勝を祈られし御遺蹟なりとの傳説あり。
神功皇后も征韓の砌り此土に行啓あらせ給ひ海上安穏三韓降伏国土安泰を祈らせ給ひし傳説あれば創建は仲哀天皇以前に在るものゝ如し。
その後二條天皇長寛二年有田郷白川地に大蛇棲息し庶民恐怖し家業を営むものなし。
依って鎮西八郎為朝並に後藤左衛門佐高宇に大蛇胎児の勅命を降下されしかば永萬元年六月居城眞手野を發し有田に来り八坂神社に詣づ。
祭神武速素盛嗚命に出雲国簸河上にて八俣の大蛇を退治し給へる男々しき神なれば将士大いに吉瑞を喜ひ一七日流鏑馬の勅願を籠めて白川谷に於いて大蛇を退治したれば是れ偏に新明の加護に依るものと欣喜し白川の地に八坂神社下宮を奉斎す。其後慶長年間當社を郷中守護神となせり。
文政年間の大火にて記録全部焼失し委細なを詳らかならざるも往古より大祭神幸の際は代官所並に郡方立合ひの上盛に擧行せられ疫病流行の際は茅の輪を潜り蘇民将来の子孫也と書いた者は委く厄を免れ災厄消除病気平癒するとして茅の輪の御守を授輿せり。
明治五年社格制度に當り村社に列せられ内山外山の氏子達中の信仰の霊地となる。
昭和四十八年六月大補修奉献し神威を發揚す。
一.神事
 一.祈年祭並に臨時大祓 六月一日
 一.例祭  八月一日 
         二日
 一.新嘗祭並に神事町注連受渡祭
       十一月二十三日

        八坂神社 社務所