tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ

吉備線:沿線-吉備津彦神社 (きびつひこじんじゃ)

(訪問日: 2018/10/12)

吉備国の一宮を名乗り、大吉備津彦命を祀る神社は神社は備前、備中、備後にそれぞれあります。備後は福山で離れているのでよいのですが、備前と備中は同じ山の北と東に隣り合って、余所者にはなかなか分かり難いので実際に行ってみました。(まあ、備前一宮駅に行くついでではあったのですが)

備中の吉備津彦神社から吉備中山の山裾の道をたどって、バイクで約10分走ると備前吉備津彦神社に着きます。参道は中山の北側、吉備線踏切りすぐ近くから小川を渡って、鳥居と庭園池、山門、大灯籠を通って正殿になります。参道が庭園池を通ってゆく形は、総社の備中総社宮でも見られた様式ですね。*1

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これは本殿下にある大灯籠。笠で八畳敷きという大きさですが、ちょっと気になるのは説明書きの起草者の「郷土史家黒住秀雄顕彰会」というお名前。黒住氏の事は存じ上げないのですが、黒住教本部がこの中山の上にある事からすると、それと縁のある方なのかも。一方で大灯籠の寄進者は浅口郡が中心になっていたという説明で、浅口といえば金光教の本部のある所。たまたまなのか、両教に縁があるのか、ちょっと気になるところです。

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安政の大石灯籠
この大灯籠は、六段造り、高さは十一米、笠石は八畳敷の広さがあり、まさに日本一といわれている。
文政十三年と安政四年の二度にわたり、地元有志が発起し、天下泰平、国家安全、万民豊楽、五穀成就などを念願して、備前一円、浅口郡を中心に広い地域で寄進を募り、奉納されたものである。
石に彫られた寄付者名は、実に千六百七十余名で、五千六百七十六両(約一億三千余万円相当)の浄財が寄せられている。
ちなみに、完成した年は江戸幕府アメリカのハリスと日米通商条約を結んだ年にあたっている。
  平成十一年(西暦一九九九年)十二月建之
    郷土史家黒住秀雄顕彰会

 

*1:総社宮は、参道が廻廊になっている形は備中吉備津神社と共通しているし、吉備津(彦)神社の様式を取り入れてつくられているのか、それとも逆ですかね