tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ

このBLOGについて

このBLOGを思い立ったのは2015年夏。元々は別のBLOGに書き込んでいたのですが、雑然としてきたのでもう一つBLOGを起ち上げたものです。*1

*1:なので、このBLOG開始は2016年頭ですが、記事は2015年からの物があります。

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可部線:廃線-加計駅から殿賀駅

前の記事に続いて、可部線廃線跡の探索は加計駅からです。

 

加計駅                  (訪問日: 2018/05/20)

国道から加計駅跡に入ると正面に残されたプラットホームが見えます。手前の看板とか周囲の風景は昔のままかな。(駅前に寄った時の記憶があいまいですが)

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加計駅はホームの一部と右手奥に車庫が遺されています。そして駅前広場にあるのは太田川交流館「かけはし」 
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木坂駅                    (訪問日: 2018/05/20)

国道186号線沿い、斜面上にある(あった)木坂駅はホーム・待合室とも、撤去も手入れもされず、朽ちるに任せられている様子。(というのも、保存活用している駅はホーム部分の線路が残されているけど、ここは撤去されているから)

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廃線になっているので、ホーム下からのこういうアングルからの写真も撮り放題です。そういえば三江線ならホーム周囲をガチガチに封鎖して線路に入れないようになってますが、ここには柵もロープもなし。15年前はそんなに神経質で無かったのか、年月がたって封鎖が解けたのか。
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殿賀駅                 (訪問日: 2018/05/20)

ここも木坂駅と同じく国道186号線沿いの山ぎわにある駅ですが、こちらは整備保存されているらしく、ホーム部分の線路と駅名票が残り、待合所の中には可部線を偲ぶ写真が展示されています。ただ国道に面した待合所背面はツタで覆われているので、一見さんは整備されているとは気づきませんよね。

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坪野駅跡で気になっていた20000キロの碑の説明も掲示されていますが、正確には「鉄道20000キロ」ではなく「国鉄」だと思いますよ。

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ホーム上にある駅名標は、パネルは本物みたいですが取付枠は後からの加工品に見えます。(普通は鉄パイプ枠ですが、もしかして元からこういう枠だったのか?)

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可部線:廃線-田之尻駅から香草駅

前の記事に続いて、可部線廃線跡の探索は田之尻駅からです。

 

田之尻駅                  (訪問日: 2018/05/20)

可部線の駅はここまでは太田川左岸でしたが、田之尻駅で初めて右岸の駅になります。下の写真は国道191から橋を渡って、かつての踏切りから見た田之尻駅と反対側のトンネル。駅手前の鉄橋は撤去され、線路跡は草刈されているとはいえ、少しずつ草叢に戻りつつあるように見えます。

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そういえば錦川鉄道の廃止路線(正確には供用されなかった岩日北線)のトンネルは冷暗倉庫として使われているので、ここでもそういう活用があっても良いのでは?

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ホームに待合所が残っているのは、今井田駅から2つ目。待合所内には廃線時の時刻表が残っているのが切ないですね。
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田之尻駅から北上する線路跡。所々で離合場所のために切り崩されてますが、この先の鉄橋までは砂利敷きの路盤が残されています。こういう藪に隣接していても砂利が残っている場所と、灌木に覆われた場所との違いは何なんでしょうね。
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津浪駅                    (訪問日: 2018/05/20)

上の写真の先で可部線太田川の左岸へ渡って国道191と並走し、北上した所に津浪駅があります(ありました、か)。バイク野郎的には国道191の加計バイパス分岐点と言った方が早いです。

駅は地元品の販売所「ぷらっとホーム つなみ」になっていて、線路のペイントと駅名標がかつて駅があった事を物語っています。食堂ではカレーやうどん、焼鳥もやっていて、焼鳥は手のひらくらいの胸肉が1本400円、お得です。焼鳥を焼いていたおじいさんと「廃線からもう15年だねえ」と離すそばで小学生が遊んでいて、この子らは可部線を知らないんだなあ、と思うと感慨深いです。

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香草駅                  (訪問日: 2018/05/20)

加計街道の国道433(昔の191)に沿った可部線線路跡、市街地部分でも砂利路盤がのこっています。

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国道から少し入った香草駅跡に着きましたが、ここは駅名票だけで何も無い空地(もしかしたら公園)です。Wikipediaの記事ではホームと待合所が残っていると書いてありますが、公園整備が去年3月(駅名標下の説明板)なので、駅が撤去されてから1年程度しか経ってないのでしょう。

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~かつて、ここに可部線の香草駅がありました。~
 可部線は昭和29年(1954)に加計駅まで開通していましたが、香草駅は地元住民の要望を受けて昭和41年(1966年)に開業しました。
その後、平成15年(2003年)12月1日に可部駅三段峡駅間の廃止に伴い香草駅も廃止されました。香草(かぐさ)の地名の起こりは、昔お茶の木をこの地に移植した際に”香気高き草”になずらえたといわれています。「大田の庄のお茶」は太田川の川面に立つ朝霧がよいとされ、なかでも香南地域(辻ノ河原・遅越・香草)の上等なお茶は特産品で、江戸時代には藩・上級藩士に供するため御用茶として買い上げられていました。
 産業としてのお茶は廃れましたが、今でも自家用としてお茶を作っています。”香草"という地名に込められたお茶の故郷を後世に引き継ぐため香草駅の跡地を広場として整備しました。
       平成29年(2017年)10月 香南振興会

 

 

 

 

 

可部線:廃線-小河内駅から坪野駅

昨日の可部線廃線跡探索の続き、小河内駅からです。(今井田駅から布駅まではこちら)

 

ところで、可部線廃線後の移ろいを記録しておられたブログがありまして。今回の可部線跡探索の参考にさせていただきました。

可部線廃線跡を訪ねる その1 60歳からの「JR全線普通列車の旅」/ウェブリブログ

(私も微力ながら、この世界の在り様を遺して、人の役に立てますように)

 

河内駅                 (訪問日: 2018/05/20)

線路と太田川に挟まれていた国道191をかさ上げするために、可部線跡と小河内駅を仮設道路に使ったそうで、いまは更地の草叢の中に、かつてのホームと桜がひっそりと取り残されています。周辺は河川改良工事の影響もあって、ホーム前後の線路跡は確認できませんでした。

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今日は天気も良い日曜日、太田川沿いの国道、県道には多くのライダーが湧くように現れてきてました。

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安野駅                 (訪問日: 2018/05/20)

小河内から安野へ向かう途中、国道191号が可部線をくぐる交差部。大型車同士の離合は少しつらいので、そのうち線路路盤を切り開いて国道を拡幅するかも。左端の拡幅工事はその前哨戦?
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安野駅は太田川が大きく蛇行した突出部にあるので、国道のバイパストンネルは通らずに、左の旧道で安野集落に入ってゆきます。
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吉野集落に入ってゆく可部線の鉄橋。2009年の写真に比べて橋梁前後の路盤部分の林化が激しく、階段で線路面に入ってみましたが完全に藪。鉄橋をのぞんだ写真を撮ろうとしましたが、カメラを構えることもできませんでした。

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太田川蛇行部の先端にある平野部にある安野駅、駅舎がそのまま残っています。廃線後に「花の駅」として花畑を整備しているようで、奥の駐車場は観光バスの基地になっています。駅舎横にはトイレ、駅前にはバス停が整備されています。

安野駅は可部線で唯一、国道・主要道から離れて奥まった集落(船場)にあるので、そういうのが保存運動をする地域のまとまりにつながっているのでしょうか。

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かつては猫付の駅だったとの事ですが、駅舎まわりをウロウロしてみましたが、猫駅長には会いませんでした。

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ホームにはキハ58が静態保存され、駅名票も保存されています。

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水内駅                 (訪問日: 2018/05/20)

安野駅を出た線路は一旦、太田川右岸に渡ってから水内駅の手前でもう一度左岸に戻ってきます。今でも鉄橋が国道191号からよく見えます。写真では分からないですが、人が向こう岸に向かって歩いていたように見えます。本当は閉鎖されているんでしょうけど、こういう開けたところだと灌木も無くて入れるのかも。
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左岸に戻って来た線路が国道と交差するところ。小河内駅(跡)を過ぎたところの交差部分でも拡幅らしい工事をしていましたが、ここも盛土の上に重機が居て、盛土ごと撤去しそうな感じです。
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国道191号から少し山側に入った所にある水内駅跡は水内駅公園になっています。ホームの一部と待合所の屋根がのこり、線路は残っているものの芝生で埋められてます。

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坪野駅                  (訪問日: 2018/05/20)

水内駅から約1キロ、隣の集落にある坪野駅跡は、線路も路盤もホームも撤去済で立派な道路になっていました。下の写真は可部方向の景色。トランザルプを停めているスペースは昔は駅前広場だったのか?

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加計方面に進むと、元の線路は盛土と鉄橋で国道と太田川を跨線していたのですが、道路となった今は国道手前で折れ曲がって国道に合流。
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国道への合流手前のカーブの所を真っ直ぐ上ると元の線路盛土上にでます。草刈されているのか灌木もなく鉄橋を通れば対岸まで渡れそう。そう思う人がいるから閉鎖されているんでしょうけどね。

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で、線路跡の道路の終点横には、国鉄2万キロの碑。道路工事で一時退避していたそうですが、今は綺麗に戻されています。(元の設置場所を知らないので想像ですけど) 国鉄の重要な記念碑が、こういう廃線跡にひっそりと残っているのは不思議な感じがします。

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国鉄2万キロ記念碑
国鉄の線路延長が2万キロに達した地点であることを記念して、昭和29年(1954)3月、可部線新鮮開業の日に国鉄下関工事事務所の手で建てられた。

国鉄2万キロ標
昭和29年(1954)3月、可部線の布~加計間が開通。
明治5年(1872)に新橋~横浜間29キロを開業して以来、国鉄の総延長が丁度、この地点で2万キロに達したことを記念したものである。

 

 

因美線:国英駅 (くにふさ)

(河原) - 国英 - (鷹狩)                   (訪問日: 2018/04/30)

昨年、一昨年に因美線を訪問した際に行きそこねていた国英駅です。因美線を南からたどった時は南隣の鷹狩駅まで、若桜線で東からたどった時は北隣の河原駅までで帰ってしまったのは、どちらの駅も鳥取自動車道のICがすぐ近くにあったから。国英駅はちょうどその真ん中で行きそびれてしまうんですよね。(というバイク野郎の言い訳)

国英駅は木造平屋(待合室以外は撤去済)の無人駅、券売機、飲料自販機、トイレは無し。駅前広場はあるので駐車は数台は可能、駐輪場は屋根付きで80~90台くらい。売店・食堂も近隣にはなさそうです。財産標は未確認。

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ホームから見た津山方向。ホーム長は146歩。ホーム横にある駐輪場、Wikipediaにある昔の写真では利用されていたようですが、今は使われていないのか。
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若桜線:八頭高校前駅 (やずこうこうまえ)

(郡家) - 八頭高校前 - (因幡船岡)                  (訪問日: 2018/04/30)

郡家の街を南下して町はずれにある高校前駅。ちょっと国鉄らしくない駅名だなと思ったら、三セクに移った後に新設された駅の様ですね。八頭高校は郡家の南で因美線若桜線が分岐した所の三角コーナーにあるので、駅を作るとしたら因美線でも良かったんでしょうけど、入口が若桜線側にあるし三セクならば新駅設置もやりやすかったんでしょう。

八頭高校前駅は1面1線のホーム上に待合所が1棟、券売機、トイレなし。下は郡家から入線してくる「昭和」。

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高校への入口からは階段を通ってホームへ降りてゆきます。
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