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tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ

このBLOGについて

このBLOGを思い立ったのは2015年夏。元々は別のBLOGに書き込んでいたのですが、雑然としてきたのでもう一つBLOGを起ち上げたものです。*1

ここ数年は距離と時間を稼ぐために高速移動が多くて*2、ローカル道を通っていないと反省。ローカル道といえばローカル線、 ローカル線の駅をたどって行くとちょっと違った風景が見えるかな、と思い立った次第。*3

やってみると駅探訪になってしまいそうですが、あくまでローカル「道」を走るという事が主眼ですから。*4

駅名リストのリスト - tkmov(バイクとローカル線と)

注) 訪問後に順次アップするので、記事の日付と訪問日はバラバラです。

*1:なので、このBLOG開始は2016年頭ですが、記事は2015年からの物があります。

*2:2016/10/28追記 結局遠くのローカル線に繰返し遠征するので高速道路移動は多いままです

*3:2015年の記事は旧BLOGからのインポートなので、リンク先がこのBLOG外になっていることがあります

*4:訪問した駅名リストは、カテゴリ「駅名リスト」から参照できます

因美線:美作河井駅 (みまさかかわい)

(那岐) - 美作河井 - (知和)             (訪問日: 2017/04/16)

津山から加茂川沿いに山道を詰めていって、峠手前の岡山側最後の河井駅です。県道から川向こうに渡り、右に折れて登り坂を少し登ったところの駅舎とその奥の保線スペース。この構図は備後落合駅下久野駅、那岐駅と同じです。駅前には短いながら桜並木。その向こうには屋根付き駐輪場が約10台分。無人駅、券売機、自販機はなし、トイレは駅舎横に設置。

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待合室の設えは知和駅と同じですが、河井駅は説明パネルや写真の掲示で一杯。旧事務室も空っぽだったり物置になっている駅が多いのですが、ここはきちんと整理されています。

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ホームの端から津山方向をのぞむ。右の線路はポイントで撤去されて繋がっていません。

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駅舎に掲示された昭和9年の駅舎は今とほとんど変わりません。

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駅舎、待合室だけでなく、トイレにも財産票がついているのは、因美線の特徴か。(社駅なんか大正の財産票だったし)

f:id:tkmov:20170529232453j:plain 加茂駅と同じく「鉄道開通七十周年記念」石碑。

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北松江線:沿線 屋根瓦

沿線:屋根瓦観察

出雲地方では、屋根の棟が少しそっている家が散見されます。もう少し南の広島に近い山間部は棟の妻側や軒先に鯱を載せているのですが、宍道湖に近づくと鯱がなくなる代わりに棟の両側が少し持ち上がります。

 

こちらは、棟瓦の積み方の工夫で切妻部分の棟を持ち上げています。一畑口駅がこのタイプ。

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こちらは切妻部分の梁自体が反っているようにみえます。

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北松江線:布崎駅 (ぬのざき)

(雲州平田) - 布崎 - (湖遊館新)             (訪問日: 2017/05/01)

布崎駅に行くにはR431から平田船川沿いに南に折れて旧道に入るのですが、なかなか交通量の多い国道で曲がり角は分かり難い。何度か行き過ぎてしまい、結局国道から一本南の旧道の橋を渡って布崎駅にたどりつきました。

車一台分の幅員の旧道に架かる橋。地元の自転車の中学生は丁寧にも、こちらがバイクでも橋のたもとで待ってくれます。

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 布崎駅ホームを平田方向をのぞむ。線路の右に見えるのが布崎変電所。

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ホームには旧駅名標が残っています。ここまで見た中では武志駅一畑口駅に続いて3か所目。

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布崎駅の隣には昭和2年建設の布崎変電所、まるで明智小五郎怪人二十面相が出てきそうな雰囲気です。よく見ると左側面に木造倉庫らしきのが張り付く様に増築され、右側はコンクリートで増設されていますね。

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正面壁面には一畑電鉄のマーク、左側面には「一畑電気鐡道」の看板。

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裏手に回ると現役らしく、屋外変電設備が見えます。ここで何MVAあるんだろう。

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北松江線:園駅 (その)

(湖遊館新駅) - 園 - (一畑口)             (訪問日: 2017/05/01)

出雲方面から平野の中を抜けてきた北松江線ですが、園駅からは宍道湖沿岸に沿って国道431と並走するようになります。

園駅は国道沿いの倉庫のような駅舎(というか待合室)。39年前は有人駅だったとの事ですが、どういう駅舎だったんでしょうか。国道と住居にはさまれてスペースがないので駐車場は無く、駐輪場(屋根付き)は国道沿いとホーム横に合わせて30台分くらい。券売機、トイレ無し。飲料自販機はありますが、売店の類は近くになし。

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ホームから一畑口方向の景色。待合室を挟んで向こう側が国道431。

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f:id:tkmov:20170527230911j:plain 待合室内部

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北松江線:沿線 一畑薬師

一畑薬師               (訪問日:2017/05/01)

一畑口から北上して、一畑電車(電鉄)の名前の由来になった一畑薬師へ向かいます。県道23号を1km程進んでから看板に従って左折、西側の山上へ上ると一畑薬師になります。広い駐車場にバイクを停めて、本堂までは徒歩で約20分。

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参道の土産物屋。GW中とはいえ平日ではあまり人ではなく、おかげでゆっくり饅頭を買い食いできるという次第。

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山門をくぐって階段を上り詰めたところが本堂。

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一畑薬師の紋が染め抜かれた幕が掛けられた本堂が、人の顔に見えるなとか、これも目の病に霊験あるという謂れなんだろうかとか、変なことを考えながらお参り。これ以上老眼が進みませんように、と。お土産は「めぐすりのき茶」を買って帰りました。

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北松江線:一畑口駅 (いちばたぐち)

(園) - 一畑口 - (伊野灘)              (訪問日: 2017/05/01)

平田からここまでR431で線路と並走してきますが、線路は一畑口にむけて道路を置いてけぼりにして急カーブで北上します。北松江線はあまり道路や集落にお構いなしにルート取りする印象です。(まあ、道路の方も線路に合わせてカーブする義理もないですけど)

カーブの先が一畑電鉄の名前の由来になった一畑薬師の入口、一畑口駅です。戦前はもう少し山側に一畑駅があって、松江と出雲と両側から来る線がこの一畑口駅で合流していたので、今でもスイッチバック形式の線路になっています。

 瓦葺木造平屋で古風な券売所、改札口を残す駅舎。駅舎に続いてバス停待合室(自販機設置)と駐輪場、トイレが併設されています。駐車場は線路沿いの山側に約10台分。

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以前は土日のみ駅員が居た様ですが、この4月からは無人駅とのこと。

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駅舎内は一時預かりの看板とか古風な雰囲気を残していますが、無人駅となってもこの雰囲気が続いてほしいものです。(というのも旅人の単なる感傷です。しかも鉄道を利用しないライダーだし)

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ホーム宍道湖方向の風景。駅舎に向かって右手。

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かつて一畑駅のあった山側の線路。律儀にポイントまで架線が伸びています。

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 左が今の駅名標、右は対向ホームにある昔の駅名標ですが、武志駅みたいに整備はされていない様子。

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ようこそ一畑口駅
少年時代の水木しげる先生に、お化けや妖怪の世界を語って聞かせ、
後年の妖怪漫画家・妖怪研究家への素地を作った「のんのんばあ」こと、
景山ふさきさんは熱心な一畑薬師の信者でした。1926年年、のんのんば
あは四歳のしげる少年を連れて一畑薬師にお参りをしています。
かつて一畑薬師へお参りするには、陸路を辿るか、宍道湖を舟で渡る
しか方法がありませんでしたが、一畑電気鉄道株式会社の前身である
一畑軽便鉄道株式会社が鉄道を敷設し、大正四年(1915)二月四日、
出雲今市(現電鉄出雲市駅)から一畑薬師のふもと駅である一畑間が全
通し、蒸気機関車によって多くの参拝客が輸送されました。ここ一畑口
駅は当時、「小境灘駅」と呼ばれ、松江と結ぶ汽船とも連絡し、一畑薬師
参拝の要衝として栄えました。
昭和二年(1927)に電化、昭和三年(1928)に小境灘から北松江
まで延伸され、これに伴って当駅に電車が到着すると先頭車両が入れ
替わり、運転士も前後反対側の運転席へ移動をする、全国でも珍しい
平地でのスイッチバックが誕生しました。
 当駅の【目玉おやじ】が指している先は、ここから六キロ先の一畑薬師
です。ここから各所に設置された、目玉おやじのブロンズ像が当時の
道筋を示しています。
 それでは、あなたを「目のお薬師さま」へご案内しましょう。
 平成二十四年四月八日
               のんのんばあまつり実行委員会
               一畑電気鉄道株式会社
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 少年時代の水木しげる先生にお化けや妖怪の世界を
語って聞かせ、後年の妖怪漫画家・妖怪研究家への素地を
作った「のんのんばあ」こと、景山ふささんは熱心な一畑薬師
の信者でした。一九二六年、のんのんばあは、四才のしげる
少年を連れて一畑薬師にお参りしています。これら目玉
おやじのブロンズ像が、その当時の道筋を示しています。

 

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