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tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ

伯備線:沿線 阿哲峡 (備中神代-布原)

(布原) - - (備中神代)      (訪問日:2016/05/07)

備中神代駅前を新見方向に進み、踏切りを渡るといきなり阿哲峡の山道に。

f:id:tkmov:20160507234614j:plain 車1台やっとの手掘りの(?)トンネル

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渓谷の底から確かに列車の走行音と警笛が聞こえるのに、線路も列車も遥か下の木立の陰で見えません。

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f:id:tkmov:20160507235034j:plain 布原駅に近づいて、かすかに線路が見えます。(真ん中の河原の少し下が線路、解像度の関係で写真では判別難しいですが)

途中、改修記念碑があり(題字は「踏路改修記命」なのかも。篆書体が読めない) 新見から上市・神代・矢神・野馳各村への往来の便をはかるために、この道を整備したという意らしく、明治年間の工事を顕彰し大正五年建立。 

利便を図る村に上市が入っているなら、今のR182沿いに通した方がもう少し楽だったのではないかと思ってしまいますが、あっちは結構な峠越えになりますから、高低差を抑えるために阿哲峡を通る方を選択したんでしょうか。(実際、R182は峠をトンネルで抜いていますし) 。

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三江線の記事でも考えたけど、近世から近代初期(鉄道建設期)は標高差を抑える方向でルーティングをしているような気がします。近世は舟運のため、近代初期は鉄道のため。一方で中世は舟運に制約されないためか峠越えを厭わない、現代はトンネル・橋梁を使って再び中世の峠ルートを踏襲する、という流れなんではなかろうか。結果として低勾配ルートの鉄道路線全体が物流からはずれる、という感じ。

まあここは一駅分の数㎞の道なので、そんな大げさな話ではないのですが、この碑を見ながら考えてしまいました。

さて布原駅に行くには、この山道(これでも実は県道8号)から更に道を分かれて谷を下ります。

f:id:tkmov:20160508010105j:plain 右上の道が神代へ続く県道8号、下へ行くと布原駅。途中もう一度下流側(左方向)に回り込みます。

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