tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ。訪問駅のリストは、カテゴリ「事務連絡」の中の「駅名リストのリスト」から辿る事が出来ます。

奥羽本線:横堀駅 (よこぼり)

(院内) - 横堀 - (三関)                     (訪問日: 2018/10/15)

北上線相野々駅から横手に出て、次の訪問地が横堀駅。なんで奥羽本線の途中の駅が抜けているかと言うと、単に湯沢横手道路(国道13のバイパス)の終点が近くの雄勝こまちICだったから。もう少し大枠でいうと、この日の目的は盛岡から福井までの最短移動(岩手県西和賀→国道107で秋田へ越境→横手からバイパス+国道13+344で酒田→日本海側を南下)でしたので、その途中で行けそうな駅に立ち寄ったという次第。まあ、相野々駅の次の矢美津駅に行かなかったのは少し心残りですが、そうするとこの横堀とか院内は日没後になって寄れなかったかもしれず、限られた日数ではしようが無いことです。

国道13号自体が旧道のバイパスみたいなものなので、国道から旧横堀町の市街地を抜けて500mくらい入った奥に横堀駅があります。(下は駅前広場に入る所)

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横堀駅は現在駅舎の改装中(Wikipediaの2018年7月の写真は工事をしていないので、ごく最近始めた様)。駅前広場に駐車場が約20台分、駐輪場は屋根付きで30台分、周囲に売店・食堂は無し。トイレは確か駅舎にあったと思います。飲料自販機は風除室にあります(この駅舎は風除室を張出風に取り込んでいて、よいデザインと思います)。駅入口に大きく「こまちの里 雄勝」とあるので、てっきりお米の「あきたこまち」かと思ったら、小野小町のことなんですな。

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横堀駅は簡易委託ながら窓口業務もある有人駅で、営業時間は06:30~18:10、券売機や改札機は無し。改札も無いようで入場券なしでホームに入れてもらえたのですが、入場券を買う機会を逃したのは残念。駅舎は昭和34年築ですが、天井の吊下げ式蛍光灯が時代を表していて昔のオフィスと言う雰囲気です。このローカル線めぐりでは戦前の(いわゆるレトロな)木造駅舎を探すのも目的ですが、こういう昭和30~40年代のデザインも、そのうちレトロの範囲に入ってゆくのでしょうね。

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ホームは駅舎側が1面1線、対向ホームが島式2面、その他に駅舎横にいくつか側線があります。ホーム長は駅舎側が300歩、島式ホームは245歩。ホーム側の屋根支柱はレールを流用したものかも。島式ホームには待合室が1棟。

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下の2枚は駅舎側と対向ホームから見た湯沢方面。
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下の2枚は新庄方面の景色。島式ホームへは跨線橋で渡ります。こういう跨線橋の上からも写真を撮りたかったんですけど、窓が窓枠にネジ止め固定されていて開けられずに断念。やはり風雪が厳しいから?
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島式ホームの待合室。
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ちょうど入線してきた秋田行き列車。
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横堀駅の入口にあったように、横堀は小野小町の生地と伝えられる所で近くには深草少将との墳墓など、いろいろと史跡があるらしく案内板に詳しく書いてあります。(こういうとこも見て回りたいけど、見始めると時間がいくらあっても足りないのでここもパス)
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小野小町は千二百年程昔、出羽国福富の荘桐木田で、郡司小野良実と地元の有力者の娘との間に生まれました。
十三才で都へのぼり、二十年程宮中に仕え、容姿の美しさと優れた才能で多くの女官の中でも並ぶものがないと言われ、時の帝の寵愛を受けました。
しかし、三十六才の頃故郷恋しさに宮中を退いて生地小野に帰りその後、小町を慕い京より東下りした深草少将との数々の逸話を残し、晩年は一人岩屋堂にこもり、香を焚き、和歌を詠み乍ら自像を刻み、九十二才で華麗な生涯を閉じました。 

 

おまけ その1:駅裏の田畑の中に見られた集合墓。秋田で一般的かどうかは良く分かりませんが、同じようなのは水島 宇野線沿線 前潟新田(児島湾)で見ましたね。(2019/1/1追記)写真で見ると100基ぐらい見えるので、前潟新田と同じくらいの規模です。岩手とか他でも見たことあるので特に珍しいという訳ではないと思うけど、でも屋敷墓の地域との違いは知りたい所です。
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おまけ その2:横堀のすぐ南にある院内変電所。ここに来るまでずっと非電化区間ばかり見て来たので、つい珍しくて。でも夕暮れに変電所の写真を撮って去っていく奴がいたら、不審者と思われてもしょうがないかも。
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