tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ

美祢線:於福駅 (おふく)

(重安) - 於福 - (渋木)                  (訪問日: 2018/03/17)

重安駅から北上して一旦美祢川の狭隘部を抜けて、於福町になると再び平地に出て美祢線も国道316号も直線路になります。於福駅はこの写真の左側(西側)の旧道集落側に向いて建っています。
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於福駅は木造平屋でこのあたりでは珍しく赤瓦、左半分の旧事務所は公民館らしく、訪れた時も地元の人が何人か打ち合わせ中。無人駅で自動券売機なし、飲料自販機有り。トイレは駅舎内に設置。
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出札窓口は公民館の掲示板。
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ホームは相対式で2面2線でホーム長は約158歩。下はホームから見た長門方面。
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下はホームから見た美祢方面。手前に見える陸橋はホーム跨線橋ではなく、駅前から国道へ渡るもの。
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於福駅はホームや駅敷地の境界が少しあいまいで、周囲にいい具合に溶け込んでいます。上の写真の様に国道までの陸橋が設置されているのに、ホームの横には線路を横切る小径まで出来ています。だいたい踏板まであるんだから昔は踏切りだったんではないだろうか。(JRは横断禁止にしていますが)
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駅舎前の駅名由来の説明板

[於福駅]
  開設年月日 大正9年10月30日
「おふくえき」と読みます。
[駅名の由来]
一.「膨張風土注進案」によると、山城山にこかねのつるありしを掘り出せし時「山子供・おふふく・おふふく」と呼しより於福と唱え来たりしと申傳伝へ」とある。
二.「於福風土記」によると、大化の改新の後、律令令がしかれ、山陽山陰連絡路の宿駅・駅家(ウマヤ)意福の里と言われ、早くから連絡路として利用も多く延喜の代、長門の国駅家に、阿津、鹿野、意福の名が見られると記している。
三.「於福村勢要覧」には、今から五百年前この地の城主、平佐雅楽守は戦国の無情を感じて、他国に出家し修行中、その夫人於福御前は夫の帰国を断念して城中にあった軍資金を費やして、田畑を開き、道路を開通し、この地を開拓した。「この開拓の大功労者の徳を後生に伝える為に於福村と改称した」とある。
[駅近くの名所・旧跡]
西八幡宮銅像 猿田彦立像・志道家墓所
法性寺の仏像・古城址の馬地城跡、
水神公園・おふく道の駅・おふく温泉

鉄道管理局発行「駅長さんの書いた駅名ものがたり」から一部引用

 

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