tkmov(バイクとローカル線と)

バイクでローカル線を巡るという、少し変なブログ

北松江線:一畑口駅 (いちばたぐち)

(園) - 一畑口 - (伊野灘)              (訪問日: 2017/05/01)

平田からここまでR431で線路と並走してきますが、線路は一畑口にむけて道路を置いてけぼりにして急カーブで北上します。北松江線はあまり道路や集落にお構いなしにルート取りする印象です。(まあ、道路の方も線路に合わせてカーブする義理もないですけど)

カーブの先が一畑電鉄の名前の由来になった一畑薬師の入口、一畑口駅です。戦前はもう少し山側に一畑駅があって、松江と出雲と両側から来る線がこの一畑口駅で合流していたので、今でもスイッチバック形式の線路になっています。

 瓦葺木造平屋で古風な券売所、改札口を残す駅舎。駅舎に続いてバス停待合室(自販機設置)と駐輪場、トイレが併設されています。駐車場は線路沿いの山側に約10台分。

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以前は土日のみ駅員が居た様ですが、この4月からは無人駅とのこと。

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駅舎内は一時預かりの看板とか古風な雰囲気を残していますが、無人駅となってもこの雰囲気が続いてほしいものです。(というのも旅人の単なる感傷です。しかも鉄道を利用しないライダーだし)

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ホーム宍道湖方向の風景。駅舎に向かって右手。

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かつて一畑駅のあった山側の線路。律儀にポイントまで架線が伸びています。

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 左が今の駅名標、右は対向ホームにある昔の駅名標ですが、武志駅みたいに整備はされていない様子。

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ようこそ一畑口駅
少年時代の水木しげる先生に、お化けや妖怪の世界を語って聞かせ、
後年の妖怪漫画家・妖怪研究家への素地を作った「のんのんばあ」こと、
景山ふさきさんは熱心な一畑薬師の信者でした。1926年年、のんのんば
あは四歳のしげる少年を連れて一畑薬師にお参りをしています。
かつて一畑薬師へお参りするには、陸路を辿るか、宍道湖を舟で渡る
しか方法がありませんでしたが、一畑電気鉄道株式会社の前身である
一畑軽便鉄道株式会社が鉄道を敷設し、大正四年(1915)二月四日、
出雲今市(現電鉄出雲市駅)から一畑薬師のふもと駅である一畑間が全
通し、蒸気機関車によって多くの参拝客が輸送されました。ここ一畑口
駅は当時、「小境灘駅」と呼ばれ、松江と結ぶ汽船とも連絡し、一畑薬師
参拝の要衝として栄えました。
昭和二年(1927)に電化、昭和三年(1928)に小境灘から北松江
まで延伸され、これに伴って当駅に電車が到着すると先頭車両が入れ
替わり、運転士も前後反対側の運転席へ移動をする、全国でも珍しい
平地でのスイッチバックが誕生しました。
 当駅の【目玉おやじ】が指している先は、ここから六キロ先の一畑薬師
です。ここから各所に設置された、目玉おやじのブロンズ像が当時の
道筋を示しています。
 それでは、あなたを「目のお薬師さま」へご案内しましょう。
 平成二十四年四月八日
               のんのんばあまつり実行委員会
               一畑電気鉄道株式会社
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 少年時代の水木しげる先生にお化けや妖怪の世界を
語って聞かせ、後年の妖怪漫画家・妖怪研究家への素地を
作った「のんのんばあ」こと、景山ふささんは熱心な一畑薬師
の信者でした。一九二六年、のんのんばあは、四才のしげる
少年を連れて一畑薬師にお参りしています。これら目玉
おやじのブロンズ像が、その当時の道筋を示しています。

 

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 出雲地方の屋根の特徴である、軒瓦の反り。一畑口駅も微妙に反っています。ここは、瓦の隙間を広げて反らす方式。

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